高度経済成長の頃から冠婚葬祭の行事が増えてましたが、主催者の挨拶なしで飲食し、騒いで散会する行事が増えました。

冠婚葬祭の挨拶で大切なこと

主催者の挨拶なしで飲食し、騒いで散会する行事が増えた冠婚葬祭

社会人になって数年で結婚し、転勤により地方の工場勤務となって中年時代を過ごしていた頃までは親族の冠婚葬祭と学生時代の友人や企業の同僚の結婚式あるいは彼らの近親者に不幸があった時の葬儀くらいが参列する行事だったと思います。
ところが、高度経済成長時代を迎えるとこの程度の行事の他に同年輩の友人、知人宅で子供の成長年齢に合わせたお祝いごとがあると、金回りが良くなったせいか、会場を借り切って当人を祝福し、参列者一同の記念写真を撮る行事に招待される機会が大幅に増えたように感じます。
最近の世相のように近親者間でさえ、行き来が減少して縁の遠くなりがちな社会でこのように関係者一同が集まってお互いの健康を喜び合い、子供たちの成長や仕事の進捗ぶりなどの話題を持ち出し、年配者も若い人たちのエネルギーを吸収できるのでとても良い習慣だったと思っています。

行事の最中に葬式における喪主や結婚式におけるご両人の挨拶以外に主催者から何もなしに最初から最後までわいわいがやがやだけで終わる行事が多かったので、常日頃からもったいない気がしているのです。
せめて、家庭単位程度でも良いので挨拶兼ねて家族ひとりひとりの生活ぶりを順番にスピーチさせてくれれば、普段会えていない人たちの状況がわずかでも知れてその後のお付き合いのきっかけにもなるというものだと思うのです。
折角の冠婚葬祭行事の積りで出かけたのに、このような参加者の挨拶さえなく、飲食して騒いだだけで散会するのでは今ひとつ物足りなさを感じるのです。
世代の異なる老若男女がお互いにそれぞれの世代感覚を話し合える絶好の機会だと思うのです。